丁寧に生きる

2021年3月2日

『 丁寧に 生きる 』

 

20代半ばの頃

私はこの大切な思いを、ごちゃごちゃな自分の中からようやく ようやく掬い出せた。

 

あれから二十年ほどたった今、

ふっとその思いを、思い出す。

 

『丁寧に生きるってどんなこと?』

 

それを探求し続けたこの年月のベースにあった強い思いは

何度となく、私の人生の方向転換に役に立ってくれました。

 

今朝、目を開けた瞬間に

その思いが湧いてきて

あぁ、今 再び見直す時だと、丁寧に受けとる。

 

丁寧に生きるって、みんなはどんなことを思い描く?

 

私が一番最初に二十年前に取り組んだのは

『家を知ること』

だった。

 

どこにどんな凹凸があって

どんなところに埃が溜まりやすいのか

各箇所、どのくらいの頻度でお掃除すれば心地よい状態にしておけるのか。

 

でも、自分を全くみていなかったから、朝から夕方までせっせと家事に時間を費やし疲れてしまう結果に(笑)

 

でも、家と仲良くなる秘訣を知ることができたし、

丁寧に掃除をする心地よさを体感することができた。

 

そして、次にしたのは

雑誌の”天然生活”のような食の営みをやってみること。

 

これは見事に失敗(笑)

 

お台所に、滅多に使わない手作りの何かの材料が並び

結果、使いこなせなくて場が混沌と。。。(笑)

娘の離乳食も始まり、ただでさえ短い睡眠をさらに削ることに。。。

 

きっと、まず最初にすると良いことは

 

『 自分を知ること 』

 

これを飛ばして、雑誌の通りにしようとしていたんだね。

だから、生活にも合わないし、自分にも合わない、結果使わない、疲れてしまう。

 

私は、環境も、持つものも、出会いも、情報も、人との関係性も、、、

なんでもシンプルでないと混乱してしまうと気付けたのは

その随分と後。

 

薬草たちとの出会いがあり

毎日、ハーブを選ぶ際に少しずつ自分を知って行った時から。

 

こういう内的な向き合いは

キッチンにワクワクする道具や材料が並ぶのとは異なり

一見外から見ると変わらないようにも見えてしまうから

意識を外に向けると、あっという間に、焦ったり、自分は何もできていないのではないかという感情に苛まれた。

 

でも、再び心静かに内に意識を戻せたならば

そのうちでは一つひとつの物事に対する関わりの『質』を

徐々に細やかに、深く、強く、丁寧に育めていることに気づける。

そのものの真髄へと向かう旅のような関わりは

どんどんとクリアに輪郭を帯びるようでいて、

不思議と徐々に透明になっていくように純度が増してゆく。

例えば、お台所も20年ほどたった今、ふっと気づくとあの時以上の材料があるけれど、

どの子とも出会いのストーリーがあり

皆、日々私たちの暮らしに馴染んで活躍してくれていて、

居心地の良さそうな場所にそれぞれあり、生き生きとしてくれているのを

感じることができる。

 

私は

どのような対象へもこのような関わり方が向いているのだと、

今朝、この長い振り返りを経て気づく。

 

気づけたらあとは、

このセンターにある感覚をベースに

丁寧に見定め、思考し、動く。

本当にシンプルな流れ。

『丁寧に生きる』

その在り方は、人の数だけあるけれど

私にとっての丁寧な生き方の流れを確認できた朝でした。

 

20年ほど前にこの大切な深い思いに気づかさざるをえない苦しい状況に追い込んでくれた全ての存在に、心から感謝。

 

 

今朝、娘と歩きながら出会った空は

清々しいほどに浄らかな青空と意思を感じられる雲たちと光に満ちていて

同時に大切な人たちの顔が次々に思い浮かび

そっと感謝の思いを送る。

 

皆さま、どうぞ今日も素敵な1日をお過ごしください。

 

音声でのお届けはこちら、

藍色の樹の響き

 

 

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