私は、どうありたいか? と、問う。

2024年7月17日

 

かつての自分が選んで始めたこと、

実際にやってみたら違和感を感じて心がモヤモヤする。

 

思いをこめてしたことが、

受け入れられなかったり拒否された時の悲しみ。

 

入り乱れるように

人生の波が次々に押し寄せる時のカオス。

 

私たちはこの地上に生きる人だから

この地球が進化するとき

共に霊的に進化してゆきます。

 

そんな時は、

冒頭に書いたように

まるで人生が混乱してしまったかのように感じることもあるでしょう。

それは私たち人もまた一層軽やかに、粒子が細かくなってゆくからです。

 

重いものが分解に向かうとき、固まっていた様々なことが顕れ、それが目の前の様々なカオス的な体験となって顕れます。

 

ですが、その中には核となる本当はこうありたい、という純粋な炎のような燈が存在するのです。

 

ですからそんな時は、一旦目を閉じ深呼吸をして、

自分の内側へ向かい問いてみてください。

 

『 私は、本当はどうありたいの? 』と。

 

その数秒間の問いの行為が、

意識を内側へと向かわせ、目の前に起きていることの奥に宿る新たな可能性を見出すまなざしを開いてくれます。

 

心のモヤモヤが大きすぎて集中できなければ、

自然の中に身を置いて、まず心を鎮めたり

モヤモヤを吹き飛ばすように、思いきり早歩きをしたり、歌を歌ったり、踊ったり、体をしっかり動かして、

水の浄化の力をかりるためにシャワーでも浴びて

それから再び、目を閉じ、ゆっくりと内側に意識を向け、ご自身に問いかけてあげてください。

 

それは、自分という存在に対する大きな愛です。

 

外側に起きている環境や物事や誰かのせいにし続けず、

良いことも、胸が引き裂かれそうなことも、自分が創造しているのだという、

いえ。

自分は現実を創造してゆくことのできる豊かな可能性満ちる存在なのだと。

そう信じてあげられる大きな愛です。

 

私たちは、創造することもできるし、違和感を感じたのなら産み直すことだってできる。

同じ行為をするのでも、どういうあり方がベースとなってその行為をしているかでも大きく変わってきます。

そこに気づけると、行為そのものが違和感なのではなく、それに付随していた自分自身のあり方の癖が違和感であったことに気づけることもあるかもしれません。

 

振り返ってみると

とてもシンプルなこともあったりしますね。

 

そして、どんな時も

魂からつながる大きな宇宙という大地で、大切な仲間たちと繋がりあっているということ。

それが、目にみえる存在であっても

肉体の目には見えない存在であっても

繋がりあい、

誰かの癒しの響きは全体に届いてゆき

誰かの痛みの響きは全体に届いてゆき

そこで混ざり合い、助け合うように響きあっているということを

感じてみようとしてください。

 

だから、どんな時も、私たちは大丈夫なのだと、

感じようとしてみてください。

 

私もね、そんな大切な仲間たちにいっぱい助けられています。

今日も、そんな時がありました。

本当に本当にありがたいです。

 

いっぱいの愛と感謝を込めて。。。

 

自然の響きの翻訳家

藍色の樹 青山 愛

 

 

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